地歌。手事物。謡い物。光崎検校作曲。八重崎検校箏手付。三井次郎右衛門高英(俳号・後楽園四明居)作詞。

謡曲の「三山(みつやま)」の詞章を適宜抽出・補綴して詞章と したもので、膳夫(かしわで)の公成(きんなり)という男が 耳成の里の桂子と畝傍の里の桜子という二人の女を相手にする という説話にまとめる。 前半は桂子の恨みから狂乱、後半は桜子の狂乱となる。 三津山とは香具山(かぐやま)、耳成山(みみなしやま)、畝傍山(うねびやま)という大和三山のことで、この三つの山が神代に争った事があるという伝説をふまえている。

三味線調弦は三下りからすぐに「古(いにしへ)に」で本調子、手事があって中歌で二上り、また手事ががあって後歌で三下りから本調子となります。手事が二回あり、調子もたびたび変わりますが、歌がむずかしい曲です。

大和三山の妻争いの説話に基づく長大な物語風な歌詞をもつ「三津山」は地唄箏曲の中で、最長の大曲といえます。

三津山【Mitsuyama】・・独奏 瀬端淑子

【歌詞】

足引きの、大和の国三津山の、昔を語るに、よも古(いにし)へに楢(なら)の葉や、

膳夫(かしわで)の公成(きんなり)といふ人ありけり。

その頃耳成(みみなし)の里に、桂子と申す女あり。

また畝傍(うねび)の里に、桜子といへる優女(ゆうじょ)ありしに、

かの膳夫(かしわで)の公成(きんなり)に、 契りをこめて玉櫛笥(たまくしげ)、

二道(ふたみち)かくる蜘蛛(さきがの、 いと浅からぬ思ひ夫(づま)、

月の夜(よ)雨の夜半(よわ)とても、 心を染めて通ふ神、[合] 

住み家も二つの里なれば、 月よ花よと争ひしに、この桜子になびきてぞ、[合] 

耳成(みみなし)の里へは来ざりける。   [手事]

その時桂子恨み侘び、さては我が身も変はる世の、 夢も暫しの桜子に、

心を寄せてこなたをば、 忘れ忍(しのぶ)の軒の草、はや離(か)れがれになりぬるは、 もとよりも頼まれぬ、二道なればこのままに、 住み果つべしと思ひきや、[合] 

ただ何事も、時に従ふ世の慣らひ、ことさら春の頃なれば、盛りなる桜子に、移る人をば恨むまじ。   [手事]

我は花なき桂子の、我が身を知れば春ながら、 秋にならんも理(ことわり)や。

さるほどに起きもせず、寝もせで夜半(よわ)を明かしては、 春のものとて長雨(ながめ)降る、

夕暮れに立ち出でて、 入相(いりあい)もつくづくと、南は香具山、 西は畝傍(うねび)の山に咲く、

桜子の里見れば、 さらに他目(よそめ)も花やかに、 羨ましくぞ思ほゆる。

あら恐ろしの山風や、我は畝傍(うねび)の里に住む、 桜子という者なるが、かやうに物に狂ふぞや。 因果の花につき慕ふ、嵐をよけて賜(た)び給へ。  [合]

光り散る、月の桂も花ぞかし、 もとより(も)ときあ(な)る春の花、 咲くは僻事(ひがごと)なきものを、

花もの言はずと聞きつるに、 など言の葉を聞かすらん、 春幾何(いくばく)の身にしありて、

影唇を動かすなり。 さて花は散りても、またもや咲かん、

春は年どし、頃は弥生の、雲となり桜子、雲となり桜子、

花は根に帰り、妬(ねた)さも妬し後妻(のちつま)を、

打ち散らし打ち散らす、打てども去らぬは煩悩の、 犬桜花に伏して泣き叫ぶ、悩み乱るる花心、

 有明桜光り添ふ、月の桂子一つ夜に、 二道かくる三つの山、争ひ立つや春霞、

天の香具山畝傍山、たなびきそめて耳成(みなし)山、 春の夜みちてほのぼのと、

東雲(しののめ)の空となりにけり。

【その他の演奏形式】

    二重奏(三絃・尺八)~https://youtu.be/EVVbP_y65OM

    二重奏(三絃・箏)~https://youtu.be/mtv9oQrecGw