地歌の楽曲形式を以下のように、三味線歌曲としての「歌もの」と三味線器楽的発展曲としての「器楽もの」とに分けて地歌の変遷を考察します。ここでは、「歌もの」とは歌中心の楽曲の意味とします。また、「器楽もの」とは器楽的発展要素の大きい楽曲の意味とし、以下の四つの楽曲形式から考えます。

【歌もの・・端歌物】 【歌もの・・芝居歌・謡い物】

【器楽もの・・段物・砧物・獅子物】 【器楽もの・・手事物】

【歌もの・・端歌物】の発展を考えますと江戸時代の元禄文化(17世紀~18世紀初頭)の時代の三味線組歌の「万歳」から始まり、江戸中期(1700~1750)に多くの楽曲が生まれ、地歌の名曲とされる峰崎勾当の「雪」が天明・寛政 (1781‐1801)頃に作曲されたと思われます。「雪」は芸術的創作歌曲であり端歌物の代表曲です。

*江戸中期~後期の楽曲

1.「万歳」・・二上り端歌物。三味線の組歌。城志賀(1670?~)作曲。

2.「由縁の月」・・本調子端唄物。鶴山勾当(1680?~1740?)作曲。

3. 「露の蝶」・・本調子端歌物。歌木検校(1720?~1790?)作曲。

4.「鶴の声」・・本調子端歌物。玉岡検校(1730?~1800?)作曲。

5.「菊の露」・・本調子端歌物。広橋勾当(1740?~?)作曲。

*江戸後期の楽曲

6.「黒髪」・・三下り端歌。湖出市十郎(1740~1800)作曲。初世桜田治助作詞。

7.「雪」・・本調子端歌。峰崎匂当作曲。

8.「袖香炉」・・二上り端唄物。峰崎勾当作曲。追善曲。

9.「竹生島」・・二上り端唄物。菊岡検校作曲。

*江戸幕末期の楽曲

10.「影法師」・・本調子端歌物。幾山検校作曲。

★【歌もの・・芝居歌・謡い物】の発展を考えますと、江戸中期に多くの楽曲が生まれています。元禄の頃から浄瑠璃の半太夫節や永閑節などが18世紀後半には繁太夫節が地歌に取り入れられました。地歌は劇場音楽との関わりが深くありました。このサイトでは芝居歌・謡い物として以下の曲をとりあげます。

江戸中期の楽曲

1.「吼噦(狐会)」・・三下り端歌物。芝居歌物。多門庄左衛門作詞。岸野次郎三(1660~1720)作曲。

2.「石橋」・・三下り芝居歌。謡い物。獅子物。 芳沢金七・芳村藤四郎作曲。

3.「虫の音」・・三下り謡い物。手事物。藤尾勾当作曲。「虫づくし」「松虫」ともいわれる。

4.「八島(屋島)」・・三下り謡い物。藤尾勾当作曲。

5.「富士太鼓」・・三下り謡い物。手事物。藤尾勾当作曲。

*江戸後期の楽曲

6.「西行桜」・・本調子手事物。謡い物。菊崎検校作曲。

7.「新青柳」・・本調子手事物。謡い物。石川勾当作曲。

8.「融」・・本調子手事物。謡い物。石川勾当作曲。

*江戸幕末期の楽曲

9.「三津山」・・京風手事物。謡い物。光崎検校作曲。

**以上から【歌もの】は、江戸中期~江戸後期はじめに盛んだった様です。江戸後期~の謡い物楽曲は、同時に手事物としても大曲となっています。地歌は当時の劇場音楽を取り込み、また一役関わりして、相互に発展して来たと考えられます。

★【器楽もの‥段物・砧物・獅子物】の発展を考えますと、江戸初期の(八橋検校→生田検校)による箏曲の発展と共に双方の合奏の始まりによって、三味線音楽としての器楽的発展が進んだとみられるようです。江戸中期には、箏曲の三絃移曲化と合奏がはじまりました。さらに江戸後期には、大阪の峰崎勾当作曲の獅子物の代表曲として「越後獅子」が生まれました。さらにさらに段物・獅子物の替手も作曲されて、合奏がさまざまな演奏形式で楽しまれるようになり器楽的発展に拍車をかけることとなりました。このサイトでは段物・砧・獅子物として以下の曲をとりあげます。

江戸初期~中期の楽曲

1.「四段砧(京砧)」・・地歌三絃曲。「京砧」ともいう。段物。砧物。三絃本手は本調子、三絃替手は三下がりの三絃二重奏曲です。、

2.「六段の調」・・箏曲。段物。調べ物。八橋検校(1614~1685)作曲。各段が52拍子(104拍・初段のみ54拍子)で六段の構成となっている。歌を伴わない純器楽曲である。

3.「石橋」・・三下り芝居歌。謡い物。獅子物。 芳沢金七・芳村藤四郎曲。

江戸後期の楽曲

4.「八千代獅子」・・手事物。獅子物。藤永検校作曲。

5.「越後獅子」・・手事物。獅子物。峰崎勾当作曲。

6.「吾妻獅子」・・手事物。獅子物。峰崎勾当作曲。

7.「八段の調・替手」・・段物。箏曲・八段の調(八橋検校作曲)を三弦曲に移曲されました。三絃本手は津山検校富一が作曲。三絃替手手付は石川勾当が作曲。

8.「御山獅子」・・手事物。獅子物。菊岡検校作曲。

江戸幕末期の楽曲

9.「夕べの雲」・・光崎検校作曲。三味線曲。 筝曲「菜路」の打ち合わせ曲。

★【器楽もの・・手事物】の発展を考えますと、江戸後期以降に多くが作曲されました。大阪系の(峰崎勾当→三橋勾当)や京都系の(松浦検校→石川勾当→菊岡検校)による作曲された楽曲に箏手付した八重崎検校の活躍により地歌手事物の最盛期となり、「シマ三つ物「三役物」「松浦の四つ物」「石川の三つ物」があります。江戸幕末期には光崎検校による箏への新な形式の楽曲も作曲されて、箏曲が盛んとなり、三味線音楽としての地歌は、伝承の時期となっていきました。このサイトでは手事物として以下の曲をとりあげます。

*江戸後期の楽曲・・大阪系手事物・・峰崎勾当作曲

1.「残月」・・本調子手事物。(本調子→二上りとなる。)

2.「越後獅子」・・三下り手事物。獅子物。

3.「吾妻獅子」・・本調子手事物。獅子物。(本調子→二上りとなる。)

*江戸後期の楽曲・・大阪系手事物・・菊崎検校作曲

4.「西行桜」・・本調子手事物。謡い物。(本調子→二上り→高三下りとなる。)

*江戸後期の楽曲・・大阪系手事物・・三橋勾当作曲

5.「松竹梅」・・二上り手事物。(二上り→一下り(三上り)→本調子→高二上りとなる。)

6.「根曳の松」・・二上り手事物。(低二上り→三下り→本調子→二上りとなる。)

*江戸後期の楽曲・・京風手事物・・松浦検校作曲

7.「末の契」・・三下り手事物。

8.「若菜」・・二上り手事物。

9.「新浮舟」・・二上り手事物。

10.「宇治巡り」・・(本調子→二上り→三下りとなる。)

11.「四季の眺」・・(二上り→三下りとなる。)

12.「深夜の月」・・三下り手事物。

*江戸後期の楽曲・・京風手事物・・国山勾当作曲

13.「玉川」・・本調子手事物。(本調子→三下り→本調子→二上りとなる。)

*江戸後期の楽曲・・京風手事物・・石川勾当作曲

14.「新青柳」・・本調子手事物。謡い物。(本調子→二上り→高三下りとなる。)

15.「八重衣」・・本調子手事物。

16.「融」・・本調子手事物。謡い物。(低本調子→二上り→三下り→本調子となる。)

*江戸後期の楽曲・・京風手事物・・菊岡検校作曲

17.「今小町」・・(二上り→三上り→高本調子となる。)

18.「楫枕」・・(本調子→二上りとなる。)

19.「笹の露」・・(本調子→二上り→高三下りとなる。)

20.「茶音頭」・・六下り手事物。

21.「御山獅子」・・手事物。獅子物。(本調子→二上り→高三下りとなる。

22.「夕顔」・・二上り手事物。

23.「新娘道成寺」・・本調子手事物。(本調子→三下り→本調子となる。)

*江戸後期の楽曲・・作者不詳

24.「名所土産」・・大阪系手事物。本調子手事物。(本調子→三下り→本調子となる。)

25.「尾上の松」・・九州系手事物。本調子手事物。(本調子→三下り→本調子→二上りとなる。)

*江戸幕末期の楽曲・・京風手事物・・光崎検校作曲

26.「桜川」・・京風手事物。(二上り→三上り→本調子となる。)

27.「夜々の星」・・京風手事物。(三下り→本調子→二上りとなる。)

28.「三津山」・・京風手事物。謡い物。(三下り→本調子→二上り→高三下り→高本調子となる。)

29.「七小町」・・京風手事物。(本調子→二上り→高三下りとなる。)

*江戸幕末期の楽曲・・大阪系手事物・・在原勾当作曲

30.「さむしろ(狭筵)」・・二上り手事物。(低二上り→一下り(三上り)→本調子→高二上りとなる。)

*江戸幕末期の楽曲・・京風手事物・・幾山検校作曲

31.「萩の露」・・京風手事物。(本調子→三下り→本調子となる。)

**以上から【器楽もの】の発展は、江戸中期~後期にかけて箏曲との合奏影響をうけて段物・獅子物が盛んとなり替手楽曲も作曲されて、合奏様式も多様になったようです。また、それを追いかけて江戸後期~幕末期にかけて手事物の楽曲が、多く作られました。大阪系・京都系手事(京風手事)として特徴的な曲風を持って作曲されました。また、曲は長大化し、転調も多くなり、大曲で難曲ぞろいとなっていきました。演奏上は歌曲的にも器楽的にも、高い技巧を要します。この時期は地歌全盛期といえます。